安政四年建築の古民家を紹介するホームページです
信州松本 南涯館   お電話:0263-38-0066 〒390-0033 長野県松本市笹賀上二子4143番地
トップへ戻る 当主ご挨拶 南涯館概要 南涯館便り イベント情報 写真集 利用規程 アクセス お問い合わせ

 信州松本南涯館の環境

 信州松本南涯館(大嶋家住宅)は1級河川奈良井川左岸の段丘地にあり、肥沃な松本平の中央部に位置し、松本市街地も近く、又周囲の山なみの見晴らしのこの上なくいい、快適な住環境である。

*段丘地で土地がよく肥え、農耕地として最適である。
*段丘地のため、増水しても洪水の心配が殆どない。
*地質は深い良質の粘土質のためか地盤が堅く、住居の基礎も簡単な胴突をしただけで十分である。
 その上に置き石をしただけで、150年経ても敷居の水平は殆ど狂っていない。




 【信州松本南涯館の構造】

 信州松本南涯館の本棟造りは、江戸時代の末期安政4年2月25日大安吉日上棟された。
他の本棟造りにくらべ総体的にいくぶん大柄である。
間口9間奥行き9間のほぼ正方形で、建坪81坪と言われている。
部屋の名称は上座敷、下座式、上おえい、下おえい、小座敷、仏の間、寝間、居間、庫裏、納屋、馬屋、帳子場等。
南側は濡れ縁になっていたが、盗難や火災予防のため改修した。
大屋根は檜の割り板の板屋根だったが、屋根材料が間に合わないため戦後瓦屋根に改修した。
ところが河原では勾配があわないため豪雨の時など雨漏りとなり苦労した。そこで平成6年暮れ再び銅板葺きに改修した。
 又一方水洗化が進み下水道が完成したため、厨房と帳子場を近代的に改修した。
それでも江戸時代の本格派本棟造りとして、重々しい風格と歴史的気品をとどめているのは有り難い。


 特にその付属の建物の山門は素晴らしく、山門の大扉にしても欅の一枚板をそのまま使用している。
この山門は残念ながら隣村の平林家に昭和3年売却した。
その鬼瓦には今でも大嶋家の家紋がそのまま残っている。
 しかもこの本棟造りも山門も、木曽宮の越和村の名匠越取直四郎の名作であることが最近になって判明した。
 屋敷の広さは約700坪位、中央に本棟の母屋が建てられ、山門を開けた正面には2階建て味噌蔵付の土蔵が有った。その西側母屋の南側には風流な池を配しそれを包むように坪庭が造られ、遠く御先祖様の植栽したと見られる樹齢何百年もの古木が欝叢としている。その森の片隅には水車小屋があり、明治の悪童共も水車の回転する自動籾摺機に、驚異の眼で眺めたようだ。
 母屋の東側は玄関になっており、表庭に続き灰屋、羽小屋、作男の棟と並んでいた。そして屋敷の中に野菜畑が有りその周りには土塀と樹木の垣根に囲まれていた。


 【屋敷と母屋の家造り】

〈屋敷〉
 屋敷面積は700坪で中央に母屋を建て、周りに付属建物を配置し屋敷林が設けられた屋敷構えである。屋敷の南東の入り口には、切妻造りの瓦葺きした屋根に鬼瓦をのせ観音開きのくぐり戸にした山門が設けられていた。
山門を開けた正面には、昭和時代の初めに落雷があって撤去した、2階建ての味噌蔵つきの間口2間、奥行2間半の土蔵がみられた。
屋敷の南西の隅には、明治時代の末期ころまで水車小屋を設けて精米や製粉をしていた。
屋敷には土塀と生け垣で囲まれた野菜畑を設け自家用野菜を自家用野菜を栽培された。
屋敷の表庭に続いた場所は、灰屋、ハゴヤが設けられていた。
現在の屋敷構え東側に倉庫を建て、母屋の南側に池を築き、その周りは庭坪として樹齢200年くらいのコウヤマキ、カシなどをはじめ針葉樹や灌木が育つ母屋林が整えられている。


〈家造り〉
 母屋の家造りは間口8間、奥行き6間半の切妻造りの妻入で、屋根を銅板葺きにしたいわゆる本棟造りであるけれども、正面や屋根材料は板屋根であったが、第2次世界大戦後に瓦屋根に改修した。
改修された瓦屋根は、屋根の勾配のために雨降りにさし水をしても雨もりが甚だしくなり平成6年に銅板葺きにかえた。
屋根棟の正面と背面の端には雀おどりをつけ、雀おどりの下の棟木端に木製の懸魚つけ、妻側の屋根の縁に沿って山形に破風をつけて見ばえをよくしている。屋根棟の中央には、煙出しをつけてある形式が残されている。
母屋の建築年代は、棟札に「干時 安政4年2月25日」としるされている。
建築は書院の欄間にしるされた、「木曽宮ノ越和村 匠 越取直四郎藤原貞義」の造作でであるという。棟梁直四郎貞吉は棟梁から6代目にあたる子孫の話によると、島立の亀田屋の住まいも建築されたとして関心をそそる。


〈入り口と変容した土間〉
 母屋の軒下から入り口は造りつけにされた大戸で、履物のままで家族や来客が高い敷居をまたいで戸間口か出入りするのが習わしである。
母屋に入った最初の土間はツキヤと呼び、かつて粘土と石灰をまぜてかためていたけれども、タイルばりに改められた。
養蚕から生活に応じて間取りを増加させて変容させた創造空間は、シモオエ、お勝手をはじめ、下屋に風呂場とボイラー室や廊下、押入れが右手の奥の部分が新たに設けられいる。戸間口から入ったツキヤの右手の馬屋は馬を飼育していたけれども、現在コンクリートを敷きつめた物置で無双窓が設けられている。
無双窓はきまった幅のある下を縦に一定の間隔に組んだ窓の内側に、同じ形式の板を組んだ戸を入れ、横に移動させると隙間がふさがるようにされた建具である。



          国登録有形文化財
信州松本:南涯館(大嶋家住宅)
Oshima Former Residence of Japanese-style house
トップへ戻る当主のご挨拶南涯館概要南涯館便りイベント情報
写真集利用規定アクセスマップお問い合わせ

Copyright© 2016 Nangaikan. All Rights Reserved. Design by Dream-Bit.